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牛部屋御一行旅日記/第八夜
DET戦を観戦しLA空港へ/2001年5月5日(土)

牛部屋が今回の旅行で応援するSDは2戦2勝、ANAも3連勝なのでついでに今日も勝って4連勝といきたいものである。試合が動いたのは2回、DETがパーマーの2塁打を足がかりにクルーズ、エンカーナシオンが3連打で続きまず1点を取った。
なおも、元エンジェルスのイーズリーの犠牲フライと今日はキャッチャーに入っているインゲのタイムリーで各1点、計3点を先制してしまった。


「オレの名前を知ってるかい?Byブランドン・インゲ」

だがANAもすかさずそのウラに反撃体制を築く。ウッテンとスピージオの連打で無死1、2塁としたところで、モリーナ兄が送りバント成功。


「お客さまは神様です。Byベンジ・モリーナ」

ギルの2塁ゴロ、ケネディーのタイムリーで2点を返し、すぐ1点差に迫る。3回ウラには、1死からアンダーソンがヒットの後、ウッテンとスピージオが連続2塁打。あっさり4対3と逆転し、なおもランナーは2塁、ペリショーは54球でマウンドを降り、2番手にはサントスが指名された。サントスは、後続を抑えてこの回を凌ぐ。

それから膠着状態が続くが、6回のDETは同点に追いついた。2死からパーマーがヒット、クルーズが歩き1、2塁。ここでエンカーナシオンがタイムリーを放ち4対4としたのだ。そして7回にはANAの守備が崩壊する。インゲが1塁手・ウッテンのエラーで出塁、1死後にはマシアスが3塁手・グロウスのエラーで、チェンジのところが1死1、3塁となった。

エンカーナシオンに勝ち越し点となる犠牲フライ、クラークを歩かせたところで先発・ショーンワイスは降板し、2番手に「ゴーグルを付けた長髪男」ベン・ウェバーが指名される。


「背番号は77だよ。Byベン・ウェバー」

2日前に登板していたウェバーはそのときに2ランをいきなり浴びたが、後はしっかり抑えていた。今日も、ここではパーマーきっちりを抑えた。7回ウラのANAの攻撃は、前の回途中からリリーフしていた3番手・マレーに襲いかかる。


「係員がいなくて自分で扉を開けるマレー投手。」

 

 

 

ウッテンがヒットで出塁(代走:パルメイロ)し、1死後にはモリーナ兄がヒット、ジョイナーが四球で満塁とする。ここでケネディーがタイムリーで1点を返し同点、なお満塁とチャンスが続く(3塁ランナーモリーナ兄の代走:ニエベス)。

マレー続投が裏目に出たDETはここで慌ててパターソンをリリーフに送るが、素人目に見ても投げ込み不足が明らかだった。なぜならマレーがこの回マウンドに上がったとき、DETブルペンでは誰も投球練習をしていなかったのである。

パターソンは8回を投げるセットアップとしてガーナー監督は考えていたに違いない。そして、案の定パターソンはエクスタインに死球をぶつけて勝ち越し点を与えなおも満塁。そしてアースタッドは2塁ゴロだったが、これを2塁手・イーズリーがエラーしてしまいANAに得点が入りなおも満塁。

だが、グロウスは3塁ゴロダブルプレイで7回を終わりスコアは7対5である。8回からはシギーではなくレヴァインがマウンドへ向かう。本来ならシギーが出て行くところだが、連投となるためのソーシア監督の配慮なのだろうか?


「もう英語は完璧やね。」

おっと、時計が21時40分ではないか!
飛行機の出発は0時30分、3時間後には機上の人となるのだ。まさに「後ろ髪を引かれる思い」で、スタジアムを後にして車へと向かった。スタジアムを出るときに、スポーツドリンクを無料で配っていたので遠慮なく貰うがこれが手荷物だと邪魔になるので、トランクに入れて空港へ向け出発した。

もちろん、ラジオのチューナーを「570」に合わせ、DET@ANA戦を聴きながらのドライブになる。余談だが、日本のAMラジオは9chきざみになっているが、アメリカのラジオはなぜか10chきざみになっているのだ。

レンタカーを返すのもこれが4回目、今回も含め夜中に”チェック・イン”するのは3回目であるが、ちょっとしたトラブルがあった。それは、スポーツドリンクをトランクに入れたときに「地球の歩き方 ロスアンジェルス」も一緒にトランクの中に入れてしまったことである。

この本には、ロスのフリーウェイ地図が掲載されているが、5号線から91号に乗り換えて105号を西へ進めば、フリーウェイが終わるところで(映画「スピード」でバスが飛んだところだ。)勝手に空港に行くようになっている。

ラジオで試合は、最後にパーシバルが抑えて7対5でエンジェルスが勝ったのは聴き取れた(今回、牛部屋が行った試合すべてホームの勝利!!)。ところが、91号から105号へのジャンクションを間違えてそのまま91号を西に向かっていることに気がついたのだ。

一旦、フリーウェイを「Bellflower」で降りてトランクから「地球の歩き方」を出そうかとも思った。が、「西に向かえば空港方面に向かっていることには違いない」と思いなおし、再び91号に乗った。

またまた余談だが、この「Bellflower」はパドレスのホフマン投手が生まれ育った街だったのである。おかみはこのことを後で知ったのだが、感激していたのは言うまでもない(笑)

そして、710号に乗り換えすぐに105号を発見、西に向かうと巨大な空港が目の前に出てきてホッとする。ハーツレンタカーの「チェックイン」入り口から入り、車を返却(特別なことは何もない。レシートを貰うだけでチェックアウト時に出したクレジットカードに後日請求される。)し、バスでターミナルへ向かう。

大韓航空チェッインカウンターに着いたのは午後11時過ぎ、ビジネスクラスカウンターも人が結構並んでいた。そして牛部屋がチェックインしたのはほとんど最後の方で、機内では並んで座れないというのである。大韓航空のロサンゼルス〜ソウル便はいつ乗っても満席である。

それはそれで仕方がないので、ラウンジで一休みし搭乗時間に機内へ。2階の窓際席を縦にして前に親方、後ろにおかみが座ることになった。しかもおかみの隣の米国人は体重が優に100kgはあろうかというデブだった。このデブ連れがいるのに通路を挟んで座席を指定していやがったのだ

 

 

 

 



離陸後、お約束の「食事攻撃」があるのだが、牛部屋はそのために食事時間をずらし万全の体制で食事を平らげる。だが、2階ビジネスクラス30人のうち半分近くは眠っているのだ。普通のサラリーマンである牛親方は、こういうときに寝るなんてことは出来ない。高い金を払って乗ったビジネスクラス、そんなもったいないことをする人は金銭感覚がズレでいる金持ちのすることだと思うからである。(出されるものは食べなきゃ損!が本当だが。)

「余った機内食はどうなるんだろ?」とくだらないことを考えているうちに眠りについた。なお、おかみはとなりのデブが食事もせず思いっきり席を倒して大いびきで寝てしまったためトイレにも行けず、デブを恨んでいた

日付変更線を越えて2日後の2001年5月5日(日)
(ソウルに早朝着、プルコギ食べて日本に帰国。)

ソウル時間で午前2時頃から朝食サービスが始まった。
デブもさすがにこれは食べるために起きたので、おかみは無事にトイレに行けた。午前5時30分、飛行機は仁川空港に到着、福岡へ帰る飛行機は13時間後に出発である。

入国審査を済ませ空港外のバス乗り場へ。
とりあえず、時間も早いことだしソウルの地下鉄の回数券を持っているので金浦空港行きのリムジンバスに乗ることにした。一人6,000ウォン(600円弱)のチケットを買い、高速道路で30分で金浦空港に着いた。

ここから地下鉄5号線でソウル市内方面へ向かう。
地下鉄は一律700ウォン(70円弱)で、ソウル市内ならどこでも降りられるのだ。地下鉄乗車後、目的地を「明洞(ミョンドン)」に決定し、4号線に乗り換えて明洞駅で降りた。まだ時間は8時前、近くにあるロッテデパートも開いていない。駅前は東京の原宿のような感じだ。

だが、店もほとんどが閉まっているしどうしようか?
目の前に「スターバックスコーヒー」があったので、そこで時間を潰すことにした。それから、ロッテデパート10階にある免税店に買う物もないのに行った。さすがにGW最終日、客がうじゃうじゃいるではないか!しかも全員が日本人何も買わなかったが、ボールペン付きキーホルダーをタダで貰い、無料のコーヒーまでいただいた。やはり牛部屋は庶民である(爆)。それから明洞の焼肉店「明洞カルビ冷麺」でプルコギ(日本の”すき焼”に近い感じ)を食べた。


「ジュウジュウ焼けています。」

ちょうど正午に食事を終え、明洞駅から地下鉄4号〜6号〜5号を乗り継ぎ金浦空港へ。リムジンバスで仁川空港に到着し、空港利用料免除証(24時間以内の滞在だと申請すれば貰える。)を発行してもらいラウンジへ。仁川から福岡まではファーストクラスである。(注意:ただ単にビジネスクラスが1月時点ですでに満席だったので、ファーストクラスにしただけだが..。)

ラウンジの受付嬢は、やたらと愛想が良い
儒教の国・韓国では、意外と女性は不愛想なのだが、さすがはファーストクラス・ラウンジは、そんな常識も覆してしまうのだろうか?


「愛想の良い"1等席"ラウンジです。」

 

 

 

 

当然、ラウンジ内のPCでOーOーズをチェックする。
時間は14時過ぎ、出発まで5時間近くあるのにすぐに時間は過ぎてしまう。わずか1時間のファーストクラスの旅を終えて福岡空港に到着、バスで博多駅に向かい、最終の新幹線で厚狭駅に帰ってきた。

車で自宅に到着、10日ぶりに我が家に帰ってきたがなんだか寂しいものだ。旅行が終わるたび感じることだが、明日から仕事だということを考えただけでイヤになってしまう牛親方だが、皆さんもそうではないだろうか?

最後に。

いかがだったでしょうか?
この巡業記は、「西海岸MLB観戦のバイブル」となるだろう作品です(ウソ!)。
MLBの楽しさ、旅行の素晴らしさをわたしなりに書いたつもりです。いつか”ボールパーク”で、あなたと一緒に観戦できる日が来ることを願って、完結とします。

(終わり)

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